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教育勅語がにわかに話題になっているらしい

なんでも大臣級の政治家が「教育勅語を是認するような発言をした!」ということです。記事を読んだのですが、稲田大臣は「(教育勅語にある)道義を重んじる国にしたいという部分は目指すべきだ」という意味のことを言っていますし、下村元大臣も「(そのまま使うのはダメだが)内容には普遍的な部分がある」というようなことを言っています。

いわゆる「教育勅語」は長いものではないのでwikiでも簡単に内容を確認できます。まあ、書き換えられる可能性もあるのでご存じない方は複数のソースを見ることをオススメします。

当時は「近代国家」というものを強引に造り上げるために色々強烈な政策がとられていましたが、教育の改革も例に漏れません。当時の国家の目標地点を国民全体に教えなければならないので、「教育勅語」にも当時の理念がふんだんに入っています。しきりに「天皇の」のようなフレーズが入っているのは当時そういう国を目指していたからです。

これには「自由民権運動への反動」という側面があったとされ、当時としてはそのような「自由だー」「権利だ―」という運動が国家の益にならず、今でいう個人主義のようなものが横行して道徳が廃れてしまう!という危機感があった、といいます。だから当たり前に思える徳目に「これが我が臣民の守る道ナノデスヨ」ということを付加しているのでしょう。

しかし、常識的な読解力があれば理解できるように、この「勅語」の骨子はそこではなく「親孝行し、きょうだいや夫婦はお互いに仲良くし、友人仲間は信頼し合い…」という行動規範のほうにあります。「忠義を尽くせ」のような言葉は現代人は慣れていないのでギョッとするかもしれませんが、当時としては普通の表現です。

「大日本帝国」の君主である「天皇」が「勅語」として「臣民」に対して発したものですから、文章の体裁が『君主が民に教え諭す』形になるのはむしろ当たり前です。だからこの文章の中の『内容』とか『中身』に当たる部分はどこか、と言うならば、体裁の部分を除いた徳目・行動規範の部分になりますね。

歴史的なモノを読むのは当時の世相を知らなければならない、というのは歴史の常識です。大臣らがそうしていたかどうかは私には分かりませんが、少なくとも「世相」フィルターをかけたなら大臣らの言っていることは尤もです。ただし、それが(元)大臣が今言うべきことかどうかはまた別の問題です。

まあ、教育勅語→帝国主義→軍国主義→戦争というような連想の概念に凝り固まっているのであればそちらのほうが偏見に満ちていますので、こういう話をあたまから聞こうとしない人には注意が必要ですね。もちろん別に私も帝国主義を礼賛するようなつもりはありませんし、歴史・歴史的事実に対しては可能な限りフラットに接するようにしたいとかねがね考えています。

問題が「教育勅語」だから騒ぎになるだけで、これがもし「十七条の憲法」とか「大宝律令」のようなもので同じことを言った場合に同じ騒ぎになるとは思えません。そういう意味でも偏見報道だと私は感じます。
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埼玉在住の歴史好き、かつカープファンです。歴史のはなしを書こうと思って始めたのにいつのまにかカープのはなしばかりに…。

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