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唐突に三国志のはなし

先日歴史系ブログを巡回していたら「関羽群雄説」を書いている方がいました。関羽は劉備の配下ではなく、義兄弟というだけの同盟者であり独立した群雄だった、という主旨です。結構詳しく調べられていてなるほどなと感心しました。

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陸軍と海軍 降伏に対する見方の違い

以前元陸軍の方の著書を読んだときには「終戦工作に尽力した」ように書かれていた梅津大将・阿南大将(陸相)も、海軍側からすると「降伏に反対、戦争続行派」と書かれ、よく分かりません。自分の無知を情けなく感じるときです。

いくつかの本とネット上の文章を読む限り、降伏時も陸軍は四百万以上の兵力と三千機近い航空機を保有し、なおも戦意旺盛だったようです。もちろん末端の兵士の戦意は分かりませんが、帝国兵の規律と士気に関しては、明らかな捏造を除いていまだマイナスの記述を読んだことがありません。

対して海軍は重油不足で動けない艦艇と陸に上がった水兵しか持たず、一部を除きめぼしい航空機は陸軍に統合されていたそうです。このことだけを見ても、最初から最後まで陸軍と海軍は別々の戦争をしていたのだということが分かります。総力を挙げても勝ち目の薄い連合国相手に、半分の力で戦っていたわけですね。

陸軍両大将の「反対」は、「ポツダム宣言即時受諾・無条件降伏」への反対という意味であるそうですので、或いは陸軍の主張する徹底抗戦には反対だったのかもしれません。いずれそのあたりを書いたものを読みたいところです。いずれにせよ海軍はもはや抵抗する力を失い、降伏やむなしという状況でした。

阿南陸相は「長沙作戦」を読んだ限りは凡愚の将としか思えませんが、陸軍内では人望厚く人格に優れた好漢として名声を得ていたそうです。終戦時に陸相在職のまま切腹し、「死んで責任を取る」という日本人好みのエピソードも残しています。恐らく平和な時代なら名将と呼ばれたでしょう。

陸海軍に共通するのが「天皇の意思であるならば降伏する」ということであって、終戦時の叛乱が小規模で終わり内戦に至らなかったのは、この「天皇には従う」ということがしっかりしていたからのようです。連合国(GHQ)が日本の統治には天皇を利用すべしと判断したのはこの点では正しかったといえます。

なにぶんソースが不確かなことが多いですが、やはり繰り返し色々なものを読んでいると自ずから分かるようなところもあります。また何か感じたら続きます。

島原の乱のこと

先日「島原の乱」がどういう出来事だったのかを訊かれて答えました。私の理解では「徳川幕府の失政」が原因の最たるものなのですが、一般的には領主であった寺沢氏・松倉氏の失政と禁教令が大きな要因とされているようです。まあそれはそうなんですけど。

※文中では当時のキリスト教信者を歴史的用語として「キリシタン」と表記しています。特に他意はありません。

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コーエー史観という言葉があるそうですが

先日さいたま市の県立「歴史と民俗の博物館」に行って来たら、関東代官頭として内政に辣腕を揮い、その赫々たる功績で関東各地に伝説を残した伊奈忠次(いな‐ただつぐ)が使用したという大身鑓(おおみ‐やり)の穂先が展示されていました。

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史跡復元の珍しい話

ニュースによれば、北海道上ノ国町の上之国勝山館(かみのくにかつやまだて)跡で、復元の誤りを認めて改修するという非常に珍しい事例が起きたそうです。

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伊勢守(いせのかみ)

Author:伊勢守(いせのかみ)
埼玉在住の歴史好き、かつカープファンです。歴史のはなしを書こうと思って始めたのにいつのまにかカープのはなしばかりに…。

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